トミヤさんにてインタビュー
阪急富田駅南側の喫茶トミタさんのマスターにお話をうかがいました。
昭和30年頃、富田には3つの保育所がありました。
1.桜ヶ丘保育所
2.本照寺保育所
3.教行寺保育所
桜ヶ丘と本照寺はバス通園もありました。
小学校の低学年の頃は
公園や学校で暗くなるまで遊んでいました。
びー玉。べったん。野球。べいごま(ぶい)。ドッチボールなどをしてました。
高学年になると自転車で総持寺、茨木、摂津峡などにも行きました。

中学校の頃は摂津峡で子供たちだけでキャンプをしたこともありました。
高校受験の頃は、今のように塾は無かったので
近くに住む大学生のお兄さんに勉強を教えてもらったりしてました。
トミヤさんのご主人のインタビュー中に
こむぎこハウスのご主人にも特別参加いただきました。
今の農協があるところは昔は富田町の警察でした。裏には柔道場や留置所もありました。
紅屋池の由来は
池の周りにはつつじが咲き、つつじの花が池に映ってまるで紅のように美しかった事から、この名前がついたとか。
昔は今よりも寒かったのか
紅屋池にも氷がはって
大きな石を氷のはった池に投げ、氷が割れなければ、氷の上に乗って遊んだものです。
どんどん池の真ん中まで進んでいって
氷が割れて池に落ちる人もいました。

昔は親も生活する事に精一杯だった為、子供にもあまり神経質に言うことも無く、事故もあったかもしれないけれど、今のような感じではなかったですね。

先生にしかられて帰ってきて、家でその事を話そうものなら、また家でも怒鳴られるそんな親子関係でした。

なぜか喫茶店で将棋をさすお二人連れ。
子供の頃は報恩講というお寺のお祭りがあり
子供は毎年、出店を楽しみにしていました。
5銭、1円、5円でお菓子を買って食べるのがとても楽しみでした。
紅屋池の近くに夏になると家の軒で水まんじゅうを売るお店が出ました。
周りの葛の部分が多くつるんとしてこしがあり、中のあんこは今のように多くないけれど、井戸水の中に沈んで売っている水まんじゅうは夏の風物詩の一つでした。大阪からお嫁にこられたこむぎこハウスの奥さんもあの頃の水まんじゅうの味が忘れられないと話しておられるそうです。
如是(女瀬)川の氾濫が55年ぐらい前にありました。
淀川の堤防の工事の為、芥川の河川敷にトロッコを走らせていました。そのトロッコがちょうど堰きになってしまい
富田の一部が床下浸水しました。
昔は赤と言って銅線を集めてくず鉄屋さんに売るとお金になりました。

小学校の高学年ごろになると先輩に教えられて、銅線を拾いに行きました。
新しい家が建ったりすると工事の線の切れ端が落ちていて
その中の銅線だけ抜いて集めました。
そのお金でこっそり漫画を買ったりお菓子を買ったりしてました。

今は綺麗に整備され、四季の花が咲く筒井池
(昔は紅屋池と呼ばれていた)

夜遅くまで遊んでいた、遊び場
今は『ひまわり公園』となっています。
スモックと制帽が可愛い園児の
今日は楽しい遠足の日です。
(1954年頃)
発表会
お母さんの手作り衣装。
お遊戯姿は今も昔も変わりませんね。
思い出のひとコマ
水曜日定休日
2004.3.14撮影